コラムニスト:Dr Minxin Pei
2024年12月30日 8:44 JST
中国が今後直面するであろうリスクを共産党の習近平総書記(国家主席)はよく荒波に例える。幸いにも、現時点ではそうした極端なシナリオには直面していない。
米国に並ぶ超大国になるという目標に関しては、自国経済の低迷が続き、足踏みしているかもしれない。それでも、習氏は真の災難に見舞われることなく、暗雲立ち込める地政学情勢を巧みに乗り切ってきた。
ただ、米国で2025年1月に2期目のトランプ政権が発足すれば、習氏の命運がこの先どうなるかは分からない。中国にとって、今後10年間の軌道を決定付けるであろう幾つかの問題に同時に直面する可能性もある。
最初の荒波
間違いなく、習氏にとって最初の荒波となるのは、米中間の緊張が一段と高まることだ。トランプ氏は中国からの輸入品に対する関税を最大60%まで引き上げると公約している。
実際にそうした場合、23年に2国間貿易が5700億ドル(約90兆円)を超える規模に達した米中は急速かつ無秩序に切り離されることになるだろう。
米国はまた、先端テクノロジーの対中輸出規制を強化する見込みで、これにより、半導体や人工知能(AI)、量子コンピューティングなどの分野における中国の進歩はさらに妨げられる。
過剰債務やデフレ、不動産危機で景気の足腰が弱っている中国は、トランプ氏が米大統領として関税というバズーカ砲を初めて放った18年よりもさらに危うい状態にある。
さらに厄介なことに、米国の国家安全保障機関を牛耳る対中強硬派は、台湾や南シナ海を巡りより攻撃的な戦術を採用する公算が大きく、それは1962年の「キューバ危機」を連想させるような超大国間の対立を招く恐れがある。
トランプ政権の始動後、習氏にとって最初で最も困難な課題は、米中の摩擦が制御不能になるほどエスカレートするのを防ぐことだ。
「米国第一」
2つ目の重要な試練は、習氏が中国経済を復活させることができるかどうかだ。中国政府は最近、消費主導の成長を優先する計画を発表したが、これまでの実績から、あまり期待されていない。
トランプ氏が仕掛けるだろう貿易戦争は、投資・輸出頼みから家計消費重視へとシフトし、中国の成長モデルを根本的に方向転換させる推進力となる可能性もはらむ。
そうした原動力こそ習氏が必要とするものだが、習氏が変化に対して二の足を踏めば、中国が抱える対外的なあらゆる課題への対応はさらに難しくなるだろう。
3つ目の疑問は、経済面だけでなく地政学面でも、習氏がどれほど柔軟な姿勢で臨むかことができるのかという点だ。中国は周辺国に何年も圧力をかけ続けているため、それらの国々は米国側に一層深く引き込まれている。
しかし、もし、「米国第一」を掲げるトランプ氏が東アジアの同盟国に10%の関税を課し、米国の軍事展開を補完するため追加負担を強いるようなことをすれば、東アジア各国の対米関係が急速に悪化する恐れがある。
中国が近隣諸国を取り込むためには、海洋権益に関する主張を和らげ、自国市場をより開放し、南シナ海や東シナ海の係争海域での威嚇をやめる必要がある。
そうしなければ、習氏は、米国が主導している連携のネットワークを弱体化させるまたとないチャンスを逃すことになるだろう。このネットワークは習氏の野心を実現する妨げとなっている。
型破り
4番目の課題は、中国が限られた影響力しか持たない中でも、ウクライナでの戦争終結に積極的な役割を果たす方法を見つけることだ。
トランプ氏は中国に平和をもたらす努力をするよう促しているが、習氏はジレンマに陥っている。ロシアのプーチン大統領に不利な条件を受け入れるよう圧力をかけることは、習氏自ら「無限」だとするロシアとの友好関係を損ねかねない。
一方、プーチン氏の強硬な立場を支持すれば、ほぼ確実にトランプ氏を怒らせ、欧州の反発を一段と買うことになる。誰をも満足させることはほとんど不可能だが、また不可欠とも考えられる。
習氏は最終的に、かつてであれば全く想像できなかったジレンマに直面する可能性すらある。バイデン大統領の下では、「逆ニクソン」、すなわち米政府が外交方針を180度転換してロシアと中国の分断を図るという型破りな政策は存在しなかった。
72年に当時のニクソン大統領は外交関係のない中国を訪問。世界中を驚かせ、特に当時のソ連に衝撃を与えた。
トランプ氏が「モスクワを訪問する」という考えは、交渉能力の高さを示したい同氏と、米政府の重点をロシアから中国に移すよう強く主張してきた対中強硬派の双方にとって、魅力的に映るかもしれない。
トランプ氏が実際にロシアとの関係改善に動けば、中国にとって二重の打撃だ。習氏がプーチン氏と結んだ戦略的パートナーシップが大きく揺らぐ一方で、米国は中国との競争に振り向けてきた膨大なリソースと労力を解放することができる。
そうした事態を阻止するため、習氏は米国に踊らされるなとプーチン氏に説くだろうか。あるいは自ら率先しトランプ氏と「ビッグディール」を結ぼうとするだろうか。
いずれにしても未知数だ。だが、10年余り前に中国最高権力者の座に就いた習氏にとって、2025年に下す決断が最も重要なものになるのは確かだろう。
(ミンシン・ペイ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、米クレアモント・マッケナ大学の行政学教授です。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)